水になる
時々、目をつぶったりすると水中に溶ける自分のイメージを見ることがある。
真っ暗の空間で透明の黒くて汚れた水の中に沈みながら溶けていく自分を見る。
決して清潔ではない水中に溶けていくのに私はそのイメージに酷く安堵する。
私は水に解けたいのだ。
人間としての私の形を保つのは正直しんどい、それならいっそ水になりたいって意識の底の方で思っているのかもしれない。
それにしても何故澄んだ綺麗な水ではなく黒くて汚れた水なんだ?と思ったけれど自分へのイメージなんだなと一人納得した。
綺麗な水に溶けたら汚してしまうから、なるべく汚い水に。馴染むよう目立たないよう。
克服
植え付けられた嫌悪感を払拭する努力はしている。
(こう見えて。)(まぁたまに投げ出したくなるけど。)
それは自分を楽にするためでもあるけど家族のためでもあって、私はそれらを乗り越えなくてはならないらしい。
思い出すたびに頭を抱えて蹲りたくなるのを堪えている。
我慢は美学らしい。くそくらえ。
お久しぶり
ここのことをすっかり忘れていた。
どうせ誰も見てないからいいや。
特に変わったこともないので最近自分の感情を整理するために書いていたメモを貼ります。
自分でも相変わらずだなと思う。
頭の中がクリアだ
AM10:00
昨日ソラナックスとマイスリーを飲まずに寝たら今朝は頭がクリアだ。
いつもはもっと思考停止な感じでぼやーっと頭の中に霧がかかっているというか、フィルターを一枚通している感じ。
その分色々考えすぎて色々不安が襲ってくる。とめどない。
過去のこと、良いこと悪いことごちゃ混ぜで蘇ってきてずっとぐるぐるそれについて考えてしまう。
みんなはそういうことってないのかな、もしくはそういう時どうやって切り替えてor乗り切っているんだろう。
生きてて安心できることなんてあるのか?
一生不安な気さえするよ、私の好きなアーティストも心なんて一生不安さって歌ってた。
一億円手に入って将来絶対お金で苦労しませんよ!ってなったとしても私の根付いた不安は取れないと思う。
私の根付いた不安というのはやっぱり母親を見て育ったからだと思う。
私の母親は常に不安な人で常にアンテナを張り巡らせて生きていて、それを一番側で見て育った私はそう生きるしかなかった。
そう生きる母親が私の中では普通で当たり前だったから。
生きていくうちに段々と「なんかおかしいぞ」と気付くんだけど根付いてしまったもの、定着してしまった考え方はなかなか払拭出来なくて私は母親と同じ苦しみ方で悩んでいる。
そうなりたくないけどそうなってしまうのを止められないのは本当にしんどい。
母親を見ていると自分の行く末を見ているようでなんとも言えない気持ちになる。
思考がまとまらないなぁ。
夢の話とか
皆さんは夢占い信じてますか。
私は特徴的な夢を見た時はとりあえずググってサイト見てふーんとか思ったりする程度です。
比較的いい夢より悪い夢をみることが多い(悪い夢の方が印象深いだけかな?)ので調べてみると精神的に不安定になっている、とか将来・未来への不安とか、自分に自信が無い現れ、とか出てきて「んなもん常に不安定だし将来不安だし死ぬまで一生自分に自信なんて持てないわ」とかよく思う。
今日見た夢はごちゃ混ぜでもうだいぶ記憶が薄れてきているんだけど、
お盆で帰省してた弟が船に乗って帰ったんだけど次の日その船が沈没して弟が死んでしまって両親が取り乱しているっていう夢と
買い物していて万引きしてないのに警察が万引き検問みたいなのを始めてそれに私が引っかかる(勘違いだと説明したらわかってもらえた)っていう夢と
中学校時代仲良くて今はもう全然連絡も取らない友人が出てきて何故か無視をされる夢と
引き続き中学校時代一瞬付き合ったことがある野球部所属の先輩がプロの選手になって母校で試合していて中学生の私が友達とサインをもらいに行く夢を一度に見てめちゃくちゃ疲れた。
怖!って思ったのは弟の夢。
だってリアルに弟昨日お盆休み終わって船に乗って帰ってったんだもん!
朝起きてこわかったなー!さっき確認したらとっくに自宅に帰ってたし!
夢占い調べてみたら、案の定良い事書いてなくて速攻ページ閉じた。
可愛い猫が出てくる夢なら毎晩見たい。
天気よりも変わりやすい
夏は天気が変わりやすくて嫌ですね。午前と午後で全然天気が違ったりする。
今日も午後になってから雷がゴロゴロと唸りだし、雨が降り始めたので急いで干してあった洗濯物を取り込んだ次第。
ところで、こうやって生きるために毎日何かをしていなくちゃいけないの、しんどいなぁと思います。
朝起きるのだって辛いし(働いている人はもっとずっと辛い)顔を洗うのだって、料理をして食事を取るのだって、汚れたお皿を洗うことだって、洗濯物を洗って干すことだって、掃除機をかけて床を拭くことだって、お風呂に入ることだって、全部よっこらしょのしょがないと出来ないし酷い時は出来ない。
むしろできた時にはめちゃくちゃ心の中で自分を褒める。
とことん生活をしていくことに向いていないと感じる日々。
私一人なら、絶対もっといろいろやらないなってこと正直いっぱいある。
「旦那に養われている」という気持ちや申し訳なさから「自分も何かしなくてはいけない」とヂリヂリする。
思えば私は結婚というものには向いてないように思う。人に甲斐甲斐しくあれこれ出来るほど、精神的な気持ちの余裕がない。
結婚する前の方がずっと気持ちが軽やかだった。
結婚して他人が他人じゃなくなることって本来もっとずっと重たい事ではないのだろうか。
義両親との兼ね合いだってあるだろう。私は(さっくり言って)義両親が嫌いなのでちょこちょこ発生する「実家イベント」がほんっとーにはちゃめちゃに苦痛なのである。
旦那だってそりゃあ他人なのだけれども旦那の両親なんてもっとずっと他人じゃん!
はぁーこうやって書き連ねているだけでも胸がグググーっと狭くなる。
他人なうえに義両親達は創/価/学/会の信者なのでなんか義実家には仰々しい創/価の仏壇があるし、よくご老人が集まる集会の場で悪徳業者が押し売りしている(伝わるだろうか)謎の「電気が流れて様々な体の不調がみるみる治る奇跡の椅子」みたいなのも置いてあるし、私が体調を崩した時期があってその時も「毎朝(仏壇に向かって)拝んでいるよ」と笑顔で言われたこともある。
お墓だってない。学/会/員達が亡くなったら入る総合の墓(他になんと言えば良いのかわからない、詳細知りたかったらググってみてください)があるのでそこに入るそう。
えーーーめっちゃ嫌だーー、その施設?お墓?立ち入りたくないよー!
小学校の頃仲が良かった同級生の家が創/価で執拗に勧誘されたことから私の創/価/学/会アレルギーが発症したのだと思う。
「それ」を信じて毎日拝めば必ず幸せになれるなんて爛々とした目で語られてもマジっすか?と眉間に皺が寄る。
自分が信じるものを崇めて前向きに生きていくのはいいと思う!頑張れ!!って思うけどそれを拒否する人達に勧めまくるのはどうかと思うよ私は。
なんかお天気の話からだいぶ飛躍してしまったんですけど要約すると
・夏の天気は不安定、変わりやすい、洗濯物注意
・結婚する時は結婚した後の生活ことまで考えろ
・義両親とうまくやっていけるのか?宗教観に違いはないのか?
・創/価/学/会/員は目が爛々としている
ということです、さようなら!